遺言と相続
1 遺言
ここ数年、財政の悪化から相続税の負担が増加すると報道されています。しかしながら、実際に相続税の支払いが生じるのは、全国民の8%前後です。残りの92%前後は全く関係のない方々です。
全く関係のないのに、多くの方が正しい知識がなく要らぬ心配をしていることが多々あります。税金を支払う必要が無いのなら、余計なことは考えず、「自分の財産をどう残すか?」に専念すれば良いのです。逆に、相続税が発生するのなら、相続税対策をしつつ、上記内容を検討すればよいのです。
「一番安全に財産を残す方法はありませんか?」と聞かれることがよくあります。そのような相談を受けたとき、私は、遺言の作成をお勧めしています。
多くの方が、「生きているのに、死んだ後のことを考えるのは縁起でもない」「うちの子供はみんな仲良しだからそんなものいらないよ」「面倒くさいからいらないよ」等とおっしゃられます。しかし、遺言作成には、これらのマイナスイメージを拭い去る効果があります。最大の効果は、「死後の親族間の金銭トラブルの防止」です。
遺言を作成しなかったがために、泥沼のトラブルに発展することは、みなさんの想像以上に多いです。トラブルは、精神的・肉体的にも非常に大変です。これが原因で親族が絶縁状態になってしますケースもあります。テレビドラマの比ではありません。トラブルに発展する可能性を考えるのなら、前もって遺言を作成することをお勧めします。遺言の作成は思ったより面倒ではありません。以下、遺言の種類や流れを簡単にまとめましたので参考にしてください。
2 公正証書遺言の作成
遺言には、公証人のお墨付きを貰う公正証書遺言と作成を全て自分でする自筆遺言の2つがあります。当然のことながら、前者は手数料をかかりますし、何回か打ち合わせをしなければなりません。
しかし、証明力や社会的信用性は後者より遥かに高いです。自筆だと家庭裁判所で検認をしてもらわなくてはなりませんし、法的に無効な内容が記載されている場合には、遺言自体が無効になり、最初から存在しなかったものとして扱われます。
遺言を作成する場合には必ず公正証書遺言を作成して下さい。
3 公正証書遺言完成までの流れと費用等
① 現在の財産の把握・財産目録の作成
② 財産の分配比率及び分配対象者の確定
③ ①②を踏まえた原案作成
④ ③を公証役場にて確認、公証人の加筆修正等
⑤ ④を依頼人に提示確認
⑥ 公証役場にて依頼人、証人2名で認証作業
①~⑥までで大体3週間前後です。また、費用は公証人に支払う報酬が平均的に50,000円前後です。
4 相続の放棄
(1)はじめに
放棄は、「放棄します」と言えばそれで終わりになる程単純なものではありません。放棄は、多少面倒くさい部分がありますが、そこまで複雑なシステムではありません。以下、重要な点のみをまとめました。
(2)相続放棄を選択するとき
- マイナスの財産が明らかに多い場合
- 相続争いなどに巻き込まれたくない場合
プラスの財産があったとしても放棄をすることは可能である点に注意して下さい。
(3)相続放棄の手続き
「一体いつまでに放棄するの??」という疑問が出てくるでしょう。
放棄では、この期間が非常に重要になってきます。この期間の経過の有無で状況が一変すると言っても過言ではありません。放棄のヤマだと言えます。
放棄は、各相続人が「自分が相続人になったことを知った時から3ヶ月以内」にしなくてはなりません。気をつけて頂きたいのは、「知った日から3ヶ月以内」であって、「死亡した日から3ヶ月以内」ではない点です。
次に、手続をする場所ですが、これは、家庭裁判所(被相続人の住所地の家庭裁判所または、相続開始地の家庭裁判所)で行います。家庭裁判所に、「相続放棄申述書」を提出します。これは、相続放棄を行う相続人の情報を記入した申請書です。氏名や放棄理由を記載します。最後に結果の通知ですが、家庭裁判所に放棄をすることが認められれば、「相続放棄申述受理通知書」が交付(送付)されます。
手続は、これだけです。意外と思われるかもしれませんが、手続は簡素化されています。それだけ放棄をする人が多いということかもしれません。注意点ですが、この期間内に申述しなかった場合は、単純承認したものとみなされます。相続放棄は各相続人が「単独」で行うこととなります。仮に、3ヶ月以内に相続放棄をするかどうか決めることが出来ない特別の事情がある場合は、申請することによりこの3ヶ月の期間を延長してもらえる場合があります。
(4)放棄以外の方法
放棄以外の相続人の意思表示のパターンは他に単純承認と限定承認の2つあります。
①単純承認とは
相続人が被相続人(故人)の財産(遺産)をすべて相続することです。
財産には、プラスの財産とマイナスの財産も含まれますので、マイナスの財産のほうが多い場合は、相続人が債務を返済していかなければならなくなります。
②限定承認とは
被相続人(故人)の財産を相続はするが、マイナスの財産が多くてもプラスの財産の範囲内でしか相続せず、プラスの財産の範囲内でしか相続しないので、相続人の財産から債務を返済していくことはありません。
- プラスの財産が多い場合
マイナスの財産を返済し、残った財産を相続することができる。
- マイナスの財産が多い場合
プラスの財産の範囲内で債務を返済することで、債務の返済を終わらせることができる。
「プラスの財産が多いかマイナスの財産が多いか分からない」場合に選択する手続きが限定承認です。放棄のとき気をつけなければならないのが、単純承認と見なされる場合がある点です。相続放棄したとしても、以下に該当する場合は、単純承認したものとみなされますので注意しましょう。
①相続人が相続財産の全部、または一部を処分した。
②相続人が相続放棄をした後であっても、相続財産の全部、または一部を隠匿したり、消費したり、わざと財産目録に記載しなかった。
※ 葬儀費用を相続財産から支払った場合は、単純承認とはなりません。
5 相続放棄に必要となる主な書類等
- 相続放棄申述書(家庭裁判所にあります)
- 申述人(相続人)の戸籍謄本
- 被相続人の戸籍謄本等(除籍簿)
- 被相続人の住民票の除票
- 収入印紙(1人800円)
- 返信用の郵便切手(1人400円分)
- 申述人(相続人)の認印
相続放棄申述書を家庭裁判所に提出後、1週間ほどで家庭裁判所から「相続放棄の申述についての照会書」が郵送されてきます。
6 相続放棄の撤回
家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出し、相続放棄が認められ、「相続放棄陳述受理証明書」が交付された場合は、原則的に相続放棄の撤回は認められません。例外的な場合もありますが、要件が非常に厳しいので、ここは、「相続の放棄の撤回はまず無理だ」と覚えておいた方がいいでしょう。
7 遺産分割協議書作成
(1)遺産分割協議書とは
遺言などがない場合は、遺産分割協議した内容を書面にします。
遺産相続は、被相続人の死亡と同時に自動的に相続人に移転します。その個々の財産を各相続人の所有とするためには、「遺産の分割」をして名義を変える手続が必要です。
ただし、協議は相続人全員でしなければならず、一人でも欠いた協議は無効となります。これが最終的に揉めて拗れると、裁判になります。
(2)遺産分割協議書をつくるメリット
①後日の争いを防止する。
親族間でいろいろな論争になりかねないので、書面にしておくことが、後々の争いの防止になります。また、名義変更等をするのに公的機関等では必ず必要になります。
②新たな遺産が見つかったときの方法を決めておく。
新たな遺産が見つかった場合に再度、遺産分割の話し合いを相続人全員が集まってするのは大変なので、遺産分割協議書に最初から記載しておきます。もし、新たに財産が見つかった時に再度話し合いをしたいのであれば、「相続人全員であらためて協議する」と書くこともできます。
(3)遺産の分け方
①現物分割
個々の財産を相続人に配分する方法で、最も一般的な方法です。
例:土地家屋の相続は配偶者に、株式などの有価証券は長女に、預貯金・現金は長男が相続するという方法。
②代償分割
遺産を相続した相続人が遺産相続した代償として、他の相続人に自分の金銭を支払うという方法。金銭でなく物を渡すと「代物分割」となります。
③換価分割
後日の争いを防止する。相続した土地・家屋などの不動産を売却し、その相続不動産の売却代金を分割する方法。
④共有分割
相続した不動産などの土地・家屋の全部または一部を数名の相続人で共有にするという方法。
(4)協議が成立しなかったとき
相続人間での協議が調わないときや、初めから協議に加わらない者がいるときなど相続のトラブルは、家庭裁判所に遺産の分割を申し立てることができます
8 相続の基本知識
法定相続のルール
(1)配偶者は常に相続人になります
(2)配偶者以外の人たちには相続順位があります。
第一順位 子供
第二順位 親 子供がいない場合相続人になる
第三順位 兄弟姉妹 子供も親もいない場合相続人になる
法定相続人 | 法定相続分 | 法定相続人 | 法定相続分 | |
第一順位 | 配偶者 | 1/2 | 子供(養子、胎児を含む) | 1/2 |
第二順位 | 配偶者 | 2/3 | 親(養父母を含む) | 1/3 |
第三順位 | 配偶者 | 3/4 | 兄弟姉妹 | 1/3 |
■プラスの財産
財産の種類 | 調査方法 |
不動産(土地・建物) | 保険証券等 |
借地権、借家権、賃借権、地上権、温泉権等 | 固定資産税通知書や権利書、市区町村発行の名寄せ等 |
現金、小切手、預貯金等 | 自宅や別荘内を徹底的に調査。カードや通帳から判断する。ない場合には、金融機関に出向いて残高証明書や名寄せを取得する。 |
株式、公社債、投資信託等の有価証券、特許権、著作権、実用新案権等の無体財産権 | 故人宛の手紙や金融機関の口座の記録、通帳等、貸金庫に株券があるかどうか調べる。 |
宝石、貴金属、美術品、自動車等の動産 | 自宅や別荘、勤務先、入院先、貸金庫 |
ゴルフ会員権 | 自宅や別荘、勤務先、入院先、貸金庫 |
電話加入権 | NTTに問い合わせる |
故人が受取人になっている生命保険金 | 保険証券等 |
■マイナスの財産
財産の種類 | 調査方法 |
借金(住宅ローン、カードローン、クレジットカード会社への支払い等) | クレジットカード、故人宛の手紙や請求書、全部事項証明書の抵当権の記載等から調査 |
未払いの税金(固定資産税、所得税、住民税等) | 故人宛の手紙や督促状 |
入院費、治療費 | 入院先や通院先の病院に問い合わせ |
保証債務 | 故人宛の手紙や請求書 |
■相続財産に含まれないもの
種類 | 説明 |
死亡退職金 | 死亡退職金の目的は、退職者と一緒に生活していた人の暮らしを安定させるものであり、遺産分割になじまないからです。 |
遺族年金 | 遺族に支払われるものです。 |
生命保険金請求権 | 受取人が故人以外の人になっている場合、相続財産には含まれません。 |
一身専属権 | 扶養請求権、生活保護受給権、国家資格など |
使用貸借権 | タダで借りられる権利は相続できません。 |
仏壇、位牌、墓地、墓石などの祭祀財産 | |
香典、弔慰金、葬儀費用 | |
身元保証、信用保証、根保証債務など |